チャンスが残してくれたもの

8月16日、2時30分 最後の発作がやってきて、チャンスは虹の橋を渡りお空に帰って行きました。
家族全員で、看取ることができました。



最後の一週間は、家族の誰かがつきっきりだったので、発作の時以外はニコニコと笑みを絶やさず、みんなの顔と自分の姿を目に焼き付けて、満足そうに穏やかに過ごしていました。


それまでも、いつも可愛かったけれど、最後1週間の写真を見るとまるで自ら発光しているみたいに、喜びに輝いて見えます。



容赦なく襲う心筋梗塞の発作に、見ていられなくなって、「いつでも逝きたいときに、逝っていいんだよ。」と何度も言いました。

だけど、チャンスはそれでも、私たちと一緒にいたかったんだと思います。

だから、私たちは覚悟を決めて見届ける必要があるんだと思いました。チャンスの意思を尊重するということは、ただあるがままに受け入れること。それができるまでに、いつの間にかチャンスが私を強くしてくれていたのだと思います。チャンスはずっとそうやって、私たちに接していてくれたから。

チャンスが10歳を過ぎたころから、私は褒めることができなくなりました。
ただ、ありがとうと大好きと愛してるしか言えなくなりました。一緒に過ごす時間がありがたかった。
チャンスは一度も私に注文をつけたりしませんでした。泣いてる私も、怒りに震える私も、拒絶しませんでした。毎日、私の作ったごはんを残さず食べ、私が仕事から帰ると喜んでくれました。

ただあるがままの存在の承認を毎日毎日、チャンスは与えてくれていたのでした。
(私は愛する人たちをそんな風に受け入れているだろうか?)
なんの条件も付けずに、相手の存在を受け入れるということ、チャンスは身をもってそれを教えてくれました。

チャンスが我が家に来て数年経ったころから、
『ひょっとしたら、生きて行く上でとても大切な何かを伝えに来てくれているんじゃないかな?』
との予感がありました。
だけど、それが何なのか?
ずっとわかりませんでした。

あることがきっかけで、亡くなる少し前に気づくことができました。

チャンスが伝えたかったこと。
それは、私がわたし自身の封印した感情たちを見つけることでした。
それらは行き場を失ってずっともがいていて、私は見て見ぬふりをしてきたのでした。
チャンスのおかげで、やっとそこにたどり着くことができました。同時に、泣くこともできず立ちつくす小さな子どもの自分が、すでに癒やされていることにも気づきました。
チャンスと共に、笑って、怒って、そして最後には思いっきり泣いて、自分の感情を味わいつくすことができました。
はじめて、ほんとうの自分を見つけ、もう何も背負う必要がないことを感じました。

「お母さん、力抜いて気楽に生きてね~」

ってチャンスからのメッセージ、大切にしたいと思います。

チャンスのいない世界で、生きて行けるのかな?ってずっと不安だったけれど、周りの人たちも心配してくれていたみたいだけれど、大丈夫そうです。
チャンスが亡くなった時、実態である身体は確かに目の前からいなくなってしまいました。だけど、私は失った悲しみ以上に、奇跡をもらった感謝でいっぱいでした。

チャンスがくれた大切な形のないもの、それらは決して消えることはありません。
私には、魂の約束を果たして、満足そうに風に吹かれているチャンスが見える気がします。そしていつでもそばにいるよってメッセージを忘れません。心はずっと繋がっているから。

チャンスが2回目の月命日を前に会いに来てくれました。夢の中で、ふわふわの身体を何度も撫でました。

「会いに来てくれたんだね、ありがとう。元気そうで良かったよ~」と言うと、穏やかに微笑んでいました。




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